グルテンフリー、という言葉をよく聞くようになりました。
えぷりーずでは水曜日にグルテンフリーのパンだけを焼いていて、その日は特に「グルテンって体に悪いんですよね?」と聞かれます。
私はいつも「体質とか、食べ方によるんじゃないでしょうか」と答えるのですが、自分でもわかりにくい返事だなと思っていました。グルテンを悪いものだとは思っていないので、じゃあどういうことなのかをきちんと話そうとすると、レジの前で講義をするような長い話になってしまうので言葉を飲み込んでいました。
その飲み込んだ分を、何回かに分けてここに書いていきます。一回目は、グルテンとは何なのかという話です。

手のひらに残ったかたまり
私がそれを知ったのは、小学校の授業でした。小麦粉から麩を作る授業です。
粉に水を入れてこねて、そのかたまりを水の中でもみ洗いする。水が白くにごって生地がどんどん小さくなっていき、最後に手のひらへガムのように伸びるかたまりが残ります。
それが楽しくて家でもやっていました。
最後に残るこのかたまりが、グルテンです。
小麦粉の袋の中にグルテンはいない
面白いのはここからです。
あのかたまりは、小麦粉の袋の中には入っていませんでした。
小麦粉に含まれているのは、グリアジンとグルテニンという二つのたんぱく質です。粉のままでは、この二つはばらばらにいます。そこに水を加えて、こねる。すると初めて手をつなぐようにつながって、網目ができます。この網目がグルテンです。
つまりグルテンは、粉の中から取り出したものではありません。水と、こねる力で、あとから生まれたものです。
小学校の私は、粉の中からグルテンを洗い出したつもりでいました。でも本当は、こねた時点でグルテンを作っていたわけです。

グルテンがなければパンはふくらまない
パンがふくらむのは、酵母が出す炭酸ガスのおかげです。でも、ガスだけでは抜けていってしまいます。
グルテンの網目がそのガスを風船のように包み込むから、生地はふくらみ、その形のまま焼き上がります。
グルテンがなければ、パンはパンの形になりません。悪者どころか、パンをパンにしているのはグルテンそのものです。
語られなくなった植物性たんぱく質
ここが、今いちばん語られなくなったところだと思います。
グルテンは、たんぱく質です。それも、植物からとれるたんぱく質です。
京都の料理に欠かせない生麩も、お吸い物に浮かぶ麩も、正体はグルテン。精進料理では、肉や魚を食べない人の貴重なたんぱく源として、何百年も食べられてきました。わざわざ手間をかけて洗い出してまで、たんぱく質だけを取り出していたわけです。
海外でも同じです。ベジタリアンやヴィーガンの方が、たんぱく質をとるためにパンや麩を意識して食べている、という話をよく聞きました。欧米には小麦グルテンから作る「セイタン」という肉の代わりの食べものがあって、これは日本のマクロビオティックから広まった名前だとされています。日本の知恵が、海を渡って戻ってきているんです。
(ちなみに、昔の精進料理では麩を豆腐や豆と一緒に食べます。グルテンだけでは足りない栄養があるので、これは理にかなった組み合わせでした。昔の人はよく見ていたと思います。)

悪者の顔しか出てこなくなったグルテン
グルテンの話を見かけると、悪者の顔しか出てこなくなりました。
たんぱく質としてのいいところは、もうほとんど語られません。何百年も人を支えてきた食べものだったことも、出てきません。
でも私は、良い悪いを言いたいのではありません。
良いか悪いかの前に、まずそれが何なのか知る必要があると思っています。正体を知らないまま避けるのも、知らないまま食べるのも、どちらももったいない。
だからこの連載は、グルテンをやめましょうという話にはなりません。
※ 体質でお医者さんから小麦を止められている方(セリアック病や小麦アレルギー)には、この連載は当てはまりません。その場合はお医者さんの言うことが一番です。ここから先は、そうではないけれど「パンを食べると重い気がする」という方に向けて書いていきます。
同じ小麦でもパンによって違う
じゃあ、何も気にしなくていいのか。そうではありません。
同じ小麦から生まれた網目でも、パンによって強さがまるで違います。ふわふわのパンほど、網目は強く張っています。そして、その違いを作っているのは発酵のさせ方です。
次回は、その話を書きます。
今日もパンを焼いています。
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