おばちゃんにもっと教わればよかった

うちのぬか床は木の桶で、ときどき火で焼いて使います。そのやり方は誰にも教わっていなくて、田舎のおばちゃんの家で見たものを真似しただけです。

魚のおろし方も味噌の仕込みもそうやって覚えたので、私の台所にあるものはほとんどが誰かの家で見たものということになります。

せいろと木のしゃもじとおろし金

裁縫だけは教わりました

子供のころ近所に裁縫の上手なおばさんがいて、子供が大好きな人なのに恵まれませんでした。だからでしょうか「子供に得意な裁縫を教えるのは夢のようだから来てほしい」と言ってくださって、私はよくお邪魔していました。

いつもご主人も一緒で、三人でいろんな話をしながら縫って、お菓子を食べて。あの時間が好きでした。

一度だけお邪魔したら不穏な空気だったことがあって、おばちゃんが「この人、玄関に飾ってたもの割ってしまったの。すごく気に入ってたのに。なのに謝りもしないのよ」と言うんです。そしたらおじさんがこう言いました。

「形あるものはいつか壊れる。それが宿命」

おばちゃんはもっと怒ってしまって、私は間に挟まれたまま気まずい裁縫の時間を過ごしました。

料理は見て覚えました

料理は親戚のおばちゃん二人の姿を見て覚えたものです。

一人の家では新鮮でおいしい魚をたくさん食べさせてもらっていて、魚のおろし方もそのおばちゃんを見て覚えました。教わった記憶はなくて、ただ横で見ていただけです。

田舎のおばちゃんの台所

もう一人は田舎のおばちゃんで京都の山あいに住んでいました。杉で知られた土地で、他には本当に何もない田舎です。家はみんな焼き杉で建っています。表面を焼いた杉板なので真っ黒です。

台所の道具も同じで、お櫃も焼いて菌を減らして長く長く使います。私が木の桶を焼いて使っているのは、そこで見たやり方です。

焼いて手入れをしてきた木のお櫃

家の中はもう普通の台所でしたが、外にはまだおくどさんがあって、土のついた野菜をじゃぶじゃぶ洗える場所もありました。漬物小屋もあって、あれがうらやましくてうらやましくて仕方がなかったのを覚えています。

煮干しを並べて炊いてまた取る

おばちゃんのかやくご飯がすごくおいしかったんです。鶏肉は小さく切って少しだけ、あとはおあげと人参、それだけなのに。

手が込んでいるのはここからで、炊く前にお米の表面へ煮干しをきれいに並べて炊きます。出汁は別にとってあるはずなのに、さらに煮干しです。そして炊き上がって蓋を開けたら、その煮干しをまた丁寧に取っていくんです。

食べる人には見えません。手間をかけて痕跡を残さない、そういう作り方でした。

出汁をとる煮干しと荒節のかつおぶし

甘いのとしょっぱいの

季節になるとおはぎやぼたもちを作ってくれて、こう言うんです。

「たんとお食べ。甘いのが食べたくなったら、しょっぱいのがほしなるやろ。ほら。ほうれん草の胡麻和えもあるで、ようけ食べ」

しょっぱいのがほうれん草の胡麻和えというのがなんともおかしくて、いまでも覚えています。甘いのもしょっぱいのも、どちらも自分の家で作ったものでした。

ごちそうの動物性たんぱく質は鯖で、お祭りには鯖寿司を山のように作ってくれましたし、ふだんのおかずは塩鯖を大事に食べていました。

もう十分じゃ

一度おばちゃんが私の実家まで来てくれたことがあって、母は張り切ってお寿司もお刺身もお味噌汁も焼き魚も卵料理も、食べきれないほど並べました。

でもおばちゃんはごはんとお味噌汁と少しのおかずを食べただけで、こう言ってごちそうさまをしたんです。

「もう十分じゃ。これ以上食べたら体がおかしなってしまう」

前におばちゃんの家で話していたときにも、こんなことを言われました。

「町の人はかわいそう。色んな食べ物があるからいっぱい食べて病気をこさえてしまう。ここにはいろんなもんがないからほしならんのや。あるのも大変のぉ」

説教でも嫌味でもなくて、笑いながら言うんです。

おばちゃんの家にも野菜も豆もお米も、食べ物はあふれるほどありました。あるものの種類が違うだけで、欲張って食べようとしない。そこが素敵だと思いました。

誰も書き残しませんでした

おばちゃんたちは本を書いていません。お櫃を焼くことも煮干しを並べて炊くことも甘いものとしょっぱいものを一緒に出すことも、どこにも記録がなくて「昔からそうやってきた」で終わってしまいます。

味噌も糠床も梅干しも同じで、誰が考えたのかも誰が守ってきたのかも名前が残っていません。

残っているのは、それを見た人の手の中だけです。

もっと教わればよかった

いまになって聞きたいことが次々に浮かんできます。おじちゃんには包丁の研ぎ方を教えてもらいたかったですし、おばちゃんたちには本当にいろいろ。

まな板の上に置いた包丁

でも一人はもう亡くなりましたし、田舎のおばちゃんも九十歳近くになって耳が遠く、会話になりません。

これは後悔でしかありません。

だから伝えているのかもしれません

私は発酵の教室をしています。自分の知識なんておばちゃんたちに比べたら小さなものかもしれませんが、それでも知らない人に伝えていけば、私のように後から「知っておきたかった」と後悔する人が少しは減るかもしれない。そういう気持ちがどこかにあります。

ぬか床を持って店に寄って「これ、大丈夫ですか」と聞いてくださる方がいます。

子供のころ、私はおばちゃんの台所の横に立っていました。いまは私の横に誰かが立っています。

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今日もパンを焼いています。

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